紅蓮の父親、ロンさんのあれこれ。 その他、家族のあれこれ。
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東日本大震災から、2年。
あっという間の2年だと思うのは、遠くにいる人間の感覚なのでしょう。

2年前の今日は、まだ病院にいました。
前日に、ようやくドレーンから解放されて、久しぶりのお風呂を楽しみにしていた時でした。
ロンさんとぽねさんが、一旦ホテルに帰るとかで病室を出てすぐのこと。

病院は免震構造らしいですが、かなり揺れました。外にいたロンさんたちが、とにかく無事でホッとしたのを覚えています。
結局、久しぶりのお風呂は延期になりました。

まさか、あんな大きな被害が出るとは、その時は全然想像もしてませんでしたね。

昨日のニュースでは、追悼の式があったとかで、家族を失った方が弔辞を読んでました。当時、七歳の娘さんに向けて。

七歳ですよ。今のけいちゃんが、七歳。本当にやりきれないだろうなと思います。
震災直後に見た新聞記事には、六十代のおばあちゃんが、三歳の孫を抱いたままの形で遺体で見つかったとか言うのがありました。

怖かっただろうし、苦しかっただろうなと思います。そう言う事を、言葉にするのはあまりにも簡単すぎて薄っぺらく思えるから、あまり好きではないのですが…

「頑張ろう!」「頑張れ」「頑張って」

言うのは、本当に簡単な言葉だと思います。だけども、その言葉の重みは、あまり考えずに、人は容易く「励まし」を善とする。

国のお偉いさん。頑張ろう!って言うお前らがもっと頑張れや!そもそも、お前らが偉いわけでも無いけどな。上に立ってると思えるのは、下に立ってる一般人(国民)と言う土台があるからや!

おっと、話がそれてきた。

頑張ってる人に、頑張ろうとか頑張れとか、簡単に言うのはどうかと思う。頑張って、頑張って、それでもまだ周囲からは頑張れとか言われる。もはや、何を頑張れば良いのか。自分は、頑張ってるつもりでも、それは周囲からは認められないレベルなのか?

言う側に悪意がないぶん、厄介なものだと思います。

「頑張れ」は、常に励ましだとは思わない。常にそういう励ましが善だとも思わない。「頑張れ」って言う時は、自分も一緒になって頑張る気合いとか覚悟がなければ、ただの薄っぺらく無責任な言葉でしかないと、私は思います。

あれから2年。もう2年。まだ2年。復興と言う言葉だけが、一人歩きしている気がします。

悲しみが本当に癒えることがあるのかどうかは、私にはわかりません。だから。せめて1日でもはやく、少しでも穏やかな生活に戻れますようにと願っています。←それも薄っぺらく感じるけども。

頑張れ私
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【2013/03/11 09:14】 | 紅蓮的日常
|

うん
ぽね
うん
そのとおりや。けど、頑張りや。
兄貴も言うとった。自分が頑張らないかんと。あのころ兄貴も苦しかったと思う。
頑張ってる姿はちゃんと見えてる。少なくとも親にはな。そのままでいいという生き方はなんか納得できんな。苦しんでない人間の言うことかな。

Re: うん
紅蓮
> うん
> そのとおりや。けど、頑張りや。
> 兄貴も言うとった。自分が頑張らないかんと。あのころ兄貴も苦しかったと思う。
> 頑張ってる姿はちゃんと見えてる。少なくとも親にはな。そのままでいいという生き方はなんか納得できんな。苦しんでない人間の言うことかな。

頑張らないかんのは、当たり前のことや。
ただ、頑張ってる人に「頑張れ」って追い討ちかけるのは、どうかと思うんや。
頑張ってる本人は、頑張っても頑張っても、「頑張れ」って言われる。
どこまで頑張っても、結局それは認めてもらえてないと思うんや。

兄貴は私の二回目の手術の時に「頑張れ」ってメールしてきたあとすぐに訂正してきた。
「頑張れっていうのとは、ちょっと違うな」って。
本人が頑張るのは当たり前のことなんや。
自分が頑張らな誰もかわりになるわけがない。
だから、兄貴は訂正してきたんやろな。

そのままでいいというのではない。
やたら「頑張れ」って声をかけるだけが励ましではないということやろな。

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うん
うん
そのとおりや。けど、頑張りや。
兄貴も言うとった。自分が頑張らないかんと。あのころ兄貴も苦しかったと思う。
頑張ってる姿はちゃんと見えてる。少なくとも親にはな。そのままでいいという生き方はなんか納得できんな。苦しんでない人間の言うことかな。
2013/03/16(Sat) 21:48 | URL  | ぽね #-[ 編集]
Re: うん
> うん
> そのとおりや。けど、頑張りや。
> 兄貴も言うとった。自分が頑張らないかんと。あのころ兄貴も苦しかったと思う。
> 頑張ってる姿はちゃんと見えてる。少なくとも親にはな。そのままでいいという生き方はなんか納得できんな。苦しんでない人間の言うことかな。

頑張らないかんのは、当たり前のことや。
ただ、頑張ってる人に「頑張れ」って追い討ちかけるのは、どうかと思うんや。
頑張ってる本人は、頑張っても頑張っても、「頑張れ」って言われる。
どこまで頑張っても、結局それは認めてもらえてないと思うんや。

兄貴は私の二回目の手術の時に「頑張れ」ってメールしてきたあとすぐに訂正してきた。
「頑張れっていうのとは、ちょっと違うな」って。
本人が頑張るのは当たり前のことなんや。
自分が頑張らな誰もかわりになるわけがない。
だから、兄貴は訂正してきたんやろな。

そのままでいいというのではない。
やたら「頑張れ」って声をかけるだけが励ましではないということやろな。
2013/03/16(Sat) 22:11 | URL  | 紅蓮 #-[ 編集]
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